GUITAR

Kenta Yago with OMF”Lucy” 3

矢後さんとルーシー 3

Lucy 前回まででスケール長とテンションについて書いたので、今回は肝心の音作りについてです。

 基本的にはOM3.0からの流れで作ろうということは最初から決めていました。2019年のサウンドメッセでOM3.0 "Sina"&"Maho"を発表してから大きな反響をいただき、それから"Sakae"、"iroha"、"Sharon"、"Lily"と研究と製作を重ねるうちに、師匠のソモギさんから影響を受けた音作りとは少し異なる、自分の音作りの方向性が少しずつ見えてきたように感じていましたし、そのうちの数本を実際に弾いた矢後さんからもその方向性が彼の好みに近づいているという話だったからです。

 トップ材にはベアクローの入ったジャーマンスプルースで特に密度の大きなものを使用しました。バック&サイド材はインディアンローズウッド、工房にたくさん在庫している材で僕自身のギター"Hina"にも使用した材です。インディアンローズウッドはアコースティックギターに最もよく使われる材のひとつですが、2016年にニューヨークのRudy'sで弾いてOM3.0のインスピレーションになったSanta Cruz Guitar Company製OMもインディアンローズウッドを使用していました。プロトタイプなのでバック&サイド材に特殊な材を使わず作ってみようという意図もありました。

 トップ材は通常よりも頑丈に作り、結果として重くなりました。参考までに、同じノンカッタウェイで比較すると、"Maho"は210g、"Lily"は190gに対して、"Lucy"は268gです。前回テンションについて書いたデータで、同じゲージとチューニングで比較した場合、665-645mmマルチスケールは通常の641mmスケールに対して4.4%テンションが大きくなるのに加え、矢後さんはミディアムゲージもよく使われるので、DADGADに下げたとしても641mmスケールのライトゲージ&レギュラーチューニングに対して10%ほどテンションが大きくなってしまいます。また、ただテンションに耐え得るというだけでなく、強い入力(ピッキング)にも負けない強靭なトップにしたかった。それが「しっかり振動させてやらないと鳴らない」の意味です。

Lucy04

 トップだけでなくブリッジも今回は重くしました。通常僕のブリッジはハカランダだと25g前後、エボニーだと35g前後になります。"Lucy"のブリッジは少し厚めにし38gにしました。加えて、ブリッジピンを通常のスネイクウッドやエボニーのピン(5g/セット)ではなく、チタニウムのピン(14g/セット)にしました。

 トップのブレーシングの配置もファンフレット用にデザインし直しました。以前ジェフ・トラゴット氏の工房を訪ねた時に、彼が最初のファンフレット製作でブレーシングの配置を従来通りにしてしまいギターが壊れてしまったという失敗談を披露してくれたのですが、マルチスケールで斜めに接着されるブリッジに対応するようにデザイン・製作しました。

 ボディサイズはこれまでの僕のOMサイズと全く同じですが、従来と同じ作り方をしたとしても低音域が自然と強調されることは最初から予想できていました。それはブリッジの特に6弦側がボディのローワーバウトの中心により近いところに配置されるからです。ブリッジ周辺のトップの上下運動(モノポール振動)が大きくなると低音域が強くなるとされています。ファンフレットのブリッジの配置では、例えば12フレットジョイントのブリッジの配置と同様に低音域が強調される傾向があります。ただ、ファンフレットにしたから今までのギターよりも低音域が強調され過ぎるというギターにはしたくなかった。

 これまで記した数値と違い、あくまでイメージしやすくするための便宜的な数字ですが、弦振動のエネルギーがトップを振動させるのに使える数が100とすると(あくまでイメージなので内部減衰などは無視)、第2世代までのギターは低音域50、中音域30、高音域20で作っていたのが、OM3.0で低音域40、中音域30、高音域30と高音域寄りにシフトしました。そして今回のファンフレットでは、そもそも使える数が110に増えるのに対して、低音域50、中音域30、高音域30になってしまうのはバランス的にも嫌で、低音域45、中音域30、高音域35という感じにするためにトップを頑丈に作ったのです(一般的にトップを頑丈にするほど高音域寄りの音になります)。

 果たして、このイメージ通りに"Lucy"が完成したのかどうかはまだ確信が持てません。ただ、完成して少し僕自身が試奏した感じでは低音域は従来のOMモデルよりも明らかに出ていましたし、かといって全体的に低音域寄りになることなく高音域もちゃんと主張していたように思います。完成後すぐに矢後さんに預けたので、後はしばらく弾き込んでいただきつつ彼のフィードバックを待ちます。そして2本目以降のファンフレット製作に生かしたいと思います。

 

▽矢後憲太さん情報まとめ

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